シリーズの開発者が登場!--「サガ20周年キャンペーン プレミアムファンイベント」が開催!
スクウェア・エニックスは、「サガ」シリーズ20周年を記念したプレミアムファンイベントを2009年11月1日に東京・新宿にて開催した。
本イベントでは「サガ」シリーズを手がけてきた開発者らによるトークショーや、シリーズの音楽を手がけてきた伊藤 賢治氏によるミニライブなどが行われたので、当日の様子をお伝えする。
イベントの最初に登場したのは、シリーズ1作目となるゲームボーイ「魔界塔士 サ・ガ」でキャラクターデザインなどを担当した時田 貴司氏と、2009年9月17日に発売されたDS「サガ2秘宝伝説 GODDESS OF DESTINY」でプロデューサーを務めた三浦 宏之氏。
ステージに上がった時田氏は「もう20年前のことですが、開発当時を昨日のことのように思い出せます。ですが身体は20年経っているので、ようやく昨日の酒が今日抜けたところです」と、開始早々会場の笑いを誘っていた。
そして当時はいちユーザーであり、生粋の「サガ」ファンであったという三浦氏は「『魔界塔士 サ・ガ』をリメイクした頃から『サガ2 秘宝伝説』の話がでていたので、いつかやりたいと思っていたところ、今回機会をいただくことができました」と開発の経緯を明かした。
このオープニングトークの後には、「サガ」シリーズの黎明期、成長期、円熟期、そして現在と、時期ごとに分けてのトークが行われたので、各トークごとの内容をお伝えする。
「サガ」黎明期トーク
黎明期のトークは、オープニングトークでも登場した時田氏に加え、「サガ」シリーズの統括プロデューサー・河津 秋敏氏と、コーポレートエグゼクティブ・田中 弘道氏の3人で繰り広げられ、シリーズ1作目である「魔界塔士 サ・ガ」開発の経緯などが語られた。
河津氏:「魔界塔士 サ・ガ」を作ったのは、任天堂が新しいハードを作るから、ソフトを出すため何か制作するようにと、当時の社長(宮本 茂氏)からお達しがあったのがきっかけですね。9人で制作して、実は「ファイナルファンタジー」よりも先に当時のスクウェア初のミリオンヒットを記録したので、今では考えられないことです。
時田氏:制作当時は合宿のようで楽しかったですけどね。
田中氏:たしかに。植松さんを囲んで歌ったりしましたね。
河津氏:アイディア出しでも色んな乗り物を入れようと考えていていました。「竹馬を入れて、毒の沼を越えるようにしよう!」とか。
田中氏:でもハードの性能限界があったので、どれを削るかで凄く悩みました。当時はROMの容量も2メガbitだったので、1bit単位で内容を削る必要がありましたし。
時田氏:グラフィッカーの僕からするとゲームボーイ(GB)はモノクロだったので、色で悩まなくて良かったですね。あとはパッケージも意図的にモノクロだったので、説明書とかで初めて色を考えました。
河津氏:他にも当時はマシン語を使っていて、プログラマーにゲームの作り方を教えてもらうこともありましたね。今でも16進数で書くことがあるんですけど、今の若い人のなかには16進数を知らない人もいるので、まずはそこから説明しなきゃいけなかったり、なぜ255が特別な数字なのかとか。あと、これは意図してやったことではないと思うのですが、「FF(ファイナルファンタジー)」を16進数から10進数にすると、255になるんですよ。
時田氏:世代的には僕らのゲームで育った人たちが入ってきて、「時田さん、それ古いっすよ」と言われて、「おー、ならやってみろ」というやり取りもあります(笑)。
河津氏:やっぱりGBのソフトで初めて「サガ」をプレイしたという人が入社してくるのを見ると嬉しくなりますよ。
「サガ」成長期トーク
次に行われた成長期時代のトークでは、「ロマンシング サ・ガ」でキャラクターイラストを担当したイラストレーターの小林 智美さんと、同じく「ロマンシング」の制作に携わり、ドット絵などのグラフィックを担当していたデザイナーの渋谷 員子さんの2人がステージに姿を見せ、スーパーファミコンで発売された「ロマンシング サ・ガ」シリーズ制作時の苦労や裏話が飛び出した。
小林智美さん:私はこれまでゲームの仕事をしたことがなかったので、作業の流れが分からなかったり、発注の仕方が違ったりと大変でした。あとはキャラクターを描く際の資料をFAXで送るので、FAX買ってくださいといわれたり(笑)。
その資料も世界設定とキャラクター名、あとはキャラの軽いプロフィールが2、3行書かれているだけのものが送られてきたりしましたね。他にも名前だけだった時もありますよ。
河津氏:こちらで指定しすぎてしまうと、その通りにしか仕上がらないことがあるので、まずは好きなように描いてもらうようにお願いしました。
小林智美さん:そういえばジャミルは男っぽく描きましたけど、実は女装すると言うことで、もっと軽く描いてくださいと言われましたね。それで描きなおしたのですが、これでいいのかな…? と思っていたときもあります。でもジャミルにハマってくれたという人がいて嬉しかったです。
実際に私の絵を渋谷さんがドット絵にしてくれたものを見たときは「小さくても私の色を出してくれているな」と感じられて、凄く嬉しかったです。
渋谷さん:最初はどうやってドットにしようか考えていたんですけど、いざやってみたら「あっ、ドットになった」みたいにうまくハマってくれた感じです。
余談ですが、戦闘でステータスがアップするときにキャラクターがその場で回るじゃないですか。あれは私じゃなくて開発か企画の人が勝手に回るようにしていたんですよ(笑)。
「サガ」円熟期トーク
円熟期のトークでは、「ロマンシング サ・ガ」から「ロマンシング サ・ガ3」、「サガフロンティア」、そして「ロマンシングサガ ミンストレルソング」の制作に携わったデザイナー高井 浩が登場。ここでは、割りと適当なところが多かったと言う当時の様子について語られた。
高井氏:まず僕が「サガ」シリーズに関わったは、休みを取っている最中に「ちょっとやってみないか?」と仕事の電話がかかってきまして、ものを動かしたいと思っていたので、エフェクトの仕事ならやりますと言ったのがきっかけですね。
時田氏:僕は(高井氏が)「サガ」にプロレス技を持ち込んだという印象です。
高井氏:そうですね、いろいろと自由にやらせてもらいました。そのなかでもローリングクレイドルという技は完璧に表現できたと思っています。
時田氏:他にも外に連れ出す技とかあったよね。「どつきまわす」だっけ。
高井氏:僕のグラフィッカーとしての信条は“楽して得をする”なので、画面外の見えないところで相手をボコボコにする「どつきまわす」は、まさにその信条どおりの技ですよ。
やっぱり当時は適当だったところも多くて、ガーゴイルを描いたはずなのにイフリートになっていた何てこともありましたよね。
時田氏:軽く話し合いをしていたらキャラクターが描かれていたりとか。
高井氏:あと、この頃からようやくデバッグ環境が整ってきて、いざデバッグで自分がプレイしたときにゲーム中で「かえれ!」とだけ言われた時は激昂しましたね(笑)。
時田氏:今ではお店に入ると「ようこそいらっしゃいました。何をお求めでしょうか?」みたいなセリフを言いますが、当時は「何のようだ?」って聞いてきますからね。
河津氏:入れられる要素を入れて、どれを削るか。と言う感じだったので、1回作れるものを入れて、半分ぐらい削りました。ボスも「ハハハ、死ね!」とか、ひと言セリフがあるわけじゃなくて「死ね!」だけだったり(笑)。
時田氏:今でこそ当たり前になっていますが、この頃からデバッグのプレイをビデオテープで録画して記録するようになりましたね。その時にビデオテープの入れ替えがもの凄い早い人がいましたよ。
高井氏:ポリゴンの抜け目を見て「ここ、抜けますね」って言う凄い人もいましたね。
次のページでは、「サガ」の現在に関するトークや、伊藤賢治さんによるミニライブの様子をお伝えしていこう。
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