最後までプレイすべきか?--ゲームレビューの現状と問題について考える
翻訳校正:川村インターナショナル
ゲームレビューを「理想の世界」で考えてみる。そこでは、すべてのレビュアーがゲームを最後までプレイし、内容とストーリーについて細部まで調査した上で批評を書き上げているだろう。無論、「理想の世界」では、そもそもすべてのゲームが非の打ちどころのないものであるはずなので、レビュアーの存在理由など無くなってしまうだろうが。しかし残念なことに、この現実の世界では、最後までプレイしてからレビューを行うという理想からはほど遠い状態になっている。これは、ほぼすべてのプロレビュアーが認めるところだろう。この理想とのギャップは、現実的なものから個人的なものまで、さまざまな要因により生まれている。
「これはお勧めのゲームなのかどうか、その評価を変える要素がもう出てこないという段階に達した時点でゲームを採点するのが公平だと思う」とフリージャーナリストのKieron Gillen氏は述べる。「ゲームが10時間(またはそれ以下でも)つまらないままだったら、そのゲームを勧めることなんてできない。それは駄作だということだ」(Gillen氏)。またGillen氏は、その逆も真(しん)であると述べている。「あるゲームが、例えば20時間にわたって非常に面白いと感じたら、そのゲームを強く勧めてもいいと思う。『ここでゲームが終わったとしても大傑作と言える』と書けば、このゲームを勧める大義名分にもなる」(Gillen氏)
もちろん、すべての人がこの見解に同意するわけではない。「数年前、私は『Halo 2』のスムーズな操作性、迫力ある戦闘、優れたマルチプレイシステムなど、数々の素晴らしい要素に魅了されたが、ひどいエンディングのせいでそれまでの体験がすべて台無しにされてしまった」とフリージャーナリストのBrian Rowe氏は語る。「Halo 2を99.9%までしかプレイしていなかったとしたら、私の意見は大きく異なっただろう。ゲームの出だしが好調だからといって、開発者がその調子を最後まで保(たも)てるとはかぎらないのだ」(Rowe氏)
それぞれの基準は違うものの、アメリカのほぼすべての専門誌とウェブサイトが、ゲームを最後までプレイした上でレビューを書いていると主張している。「我々は、読者に最終的な見解を提供するように努力する必要がある」とWired誌のChris Baker氏は述べる。「ゲームは芸術作品であり、ソフトウェアでもある。我々の批評では、ゲームのこの両面を詳細に評価することが求められている」(Baker氏)。とはいえ、いつでもそのような包括的な記事を書くことが可能なわけではないのは、Baker氏も認めている。「Wired誌のリードタイムは3カ月なので、最後の最後までプレイするのは非常に難しい。ゲームというものの性質、そして適時性と入手に関する問題を考えると、精緻(せいち)な批評を目標とはしない、別の種類の記事も選択肢としてはあり得ると考えている」(Baker氏)
新人のレビュアーでも、ゲームは長く締め切りは近いという状況に、短期間でうまく対処できるようになる。「プレイ時間が40時間となっているゲームを渡され、締め切りまで2日間しかなかったら、できるだけベストを尽くしてあとはなるようになるしかない」とRowe氏は言う。「これは理想的な状況ではないが、ゲームのレビューはビジネスだ。たとえHemingwayがただの老人に見えるほどの文章力があっても意味はない。レビューをタイムリーに公開できなければ、読者はほかに行ってしまう。ゲーマーは、どのゲームにお金を払うかを決めるために1週間待ったりはしないのだ」(Rowe氏)
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