GDC 2008:「ゲームは量より質」--独立系ゲーム開発者らが語る
翻訳校正:編集部
第二次世界大戦を舞台にした一人称視点シューティングゲーム(FPS)「Call of Duty 4」が2007年に証明したように、プレー時間の長さは必ずしも優れたゲームの条件ではない。しかし、「Elder Scrolls IV:Oblivion」や「Mass Effect」などのロールプレイングゲーム(RPG)は、単にプレー時間が長いというだけで、批評家の称賛と経済的成功の両方を獲得した。
では、プレー時間の長さをゲームの全体的価値を測る物差しとして利用すべきか。米国時間2月18日からサンフランシスコで開催されている世界最大規模のゲーム開発者向けカンファレンス「Game Developers Conference 2008」のIndie Games Summitで講演した3人の主要な独立ゲーム開発者は、前述の疑問について、利用すべきでないと語った。その3人とは、thatgamecompany(代表作:flOw)のKellee Santiago氏、Queasy Games(代表作:Everyday Shooter)のJon Mak氏、そしてフィンランドのアートゲーム開発会社PlaysignのPekko Koskinen氏だ。彼らは、ゲーム業界はプレー時間の長さでゲームを評価することに固執しているとし、その状況に不快感を示した。
Santiago氏は、「いまやゲームはたいてい、直線的に体験され、そして何より、評価されている」とし、さらに次のように語った。「XというゲームがYというゲームより優れているのは、Xのプレー時間が20時間だからだ。Yも素晴らしいゲームだが、プレー時間がわずか10時間しかない。サンドボックスゲームの価値が高いと感じるのは、『長い間』プレーし続けられるからだ。ここで1つの例として、塊魂(カタマリダマシイ)というゲームがある。価格は20ドルだ。このゲームのレビューには、短いゲームと書かれていた。しかし、塊魂にGod of War II以上の時間を費やしたのは私だけではないだろう。私はすでにGod of War IIはプレーし終えている。私は決して、God of War IIが塊魂より優れているとか、劣っているという話をしているのではない。実際、私はGod of War IIを大変気に入っている。私が言っているのは、ゲームの長さは、もはやゲームの質や価値を測るための適切な物差しだとは思わないということだ」
Santiago氏はさらに、ゲームのストーリーの長さと深さの対決に焦点を当てる際の落とし穴について語った。同氏は、「われわれは、(ゲームをプレーしている最中の)その瞬間その瞬間の細かい事柄や内発的報酬システムに焦点を当てず、ゲームの十分な長さを確保するためにこれらの内容をすべて詰め込もうとしている」と述べ、さらに次のように続けた。「私は何よりも、直線的なゲームプレーを議論の主題にしたくない。なぜなら、時間がかかる物の方が優れていると主張することは、時間が掃いて捨てるほどある、言い換えれば、他にやるべきことが何もないことを前提にしているからだ。費やされた時間の品質がどうであるか、これに焦点を当てるのはどうだろうか?」
この記事は海外CNET Networks発のニュースを編集部が日本向けに編集したものです。海外CNET Networksの記事へ


