サターンパッドだけは、入手困難のままな気もしますが。
どうも、大蟹です。
今回は、前回後日にと書いた、ギャルゲーの事をお話しさせて下さい。
・・・改まって「ギャルゲーの事を」なんて書くと、やっぱり妙な感じですね(笑)。
あらゆる文化文明の流れの中で、それぞれのジャンルに於いて時折、文字通り一つの時代を作り出す様なエポックメイキングと呼ばれる存在が発生します。
娯楽媒体に限っても、一つの作品がその媒体の流れを変えてしまう事は往々にしてありますし、その作品に続く作品を系譜と捉え、ジャンルとして確立させる事も珍しくありません。
ビデオゲームもまた然りで、例えば『スペースインベーダー』のヒットがシューティング、『ストリートファイターU』のブームが対戦格闘、『ドラゴンクエスト』の人気がロールプレイングと云った具合に、1つのソフト、またそのシリーズが、ゲームのカテゴリーそのものへと変わって行く様を我々は幾つも目の当たりにしてきました。
『ときメモ』の通称で知られる『ときめきメモリアル』は、ゲーマーに属さない様な人々をも巻き込みつつ、PCE・PS・SFC・SS・PC・GB、PSP(笑)へとその版図を拡大していったビッグネームであり、現在ギャルゲーと呼ばれるカテゴリーの柱となった、エポックメイキング・タイトルの中の一つです。
『ときメモ』は、恋愛シミュレーションを謳っているものの、基本的に自分の能力を磨き高める事に因って意中の女の子と仲良くなろうかと云う、ある意味自己啓発的な独自のシステムでゲームを進行させる外に、部活を極めて部それぞれに用意されている必殺技を獲得し、巨大な番長とFFのボス戦調に戦ったり、グレイタイプの宇宙人(を装ったコアラ)がけしかけてくるメカと戦ったり、巨大ロボどうしで戦ったり(何とも偏ったプレイ、笑)、一寸アレな秘密に迫った友人が権力者によって記憶を改竄されたりと、仲良くなる女の子に依ってバラエティーに富んだイベントが用意されていて、プレイヤー次第で、さながらうる星やつらの友引高校にでも迷い込んだが如き学園生活が楽しめます。
因みに、岩崎啓眞氏のレビューに絶対の信頼を寄せていたPCE版発売当時の私は、氏の絶賛ぶりにすわ一大事と、嘘の理由で仕事を早引けし、ばれない様にと慎重を期す為、都心の大手量販店へ足を伸ばして初期出荷版をしっかりと入手しました。
ついでに購入した『SDガンダムGX/SFC』も一緒に抱え、ほくほくとした足取りでの帰り道、足を伸ばした先にも関わらず、通りの反対側に上司の後ろ姿を見かけた時は吃驚して死ぬかと思いましたが・・・
って言うか、何で購入する時から冒険を始めているんだろう(天網恢々、苦笑)。
その後、PS本体を購入する動機の1つであったPS版も、当然マウス付の限定版を懇意のゲームショップで予約して確実にゲットしましたし、カートリッジメモリとバインダー付のSS版を購入するに至っては、何か宿命の様な感じになっていました。
女神と書いてアテナと読むイメージで、詩織、若しくはお気に入りのヒロインが「恐れてはいけません」と、心に購入を脅迫してくると云うメモラーお馴染みの現象です。
とは言え、私はSFC版に手を出していないので、ギリギリセーフでしょう(何が?、乾笑)。
・・・話しを本題に戻しますね。
異変が起きたのは、PS版の時でした。
コナミのキャンペーンで『ときメモ』柄ブック型メモカホルダーを2つ貰っている様なメモラーは書くまでもありませんが、その筋のゲーム好きの間でも、絵柄の好みに依って賛否が分かれていたものの、限定版の高騰やら二次創作についてのごたごたやら、あらゆる意味で『ときメモ』がヒット作である事は広く認識されていたと思います。
同時に、購入者がお店の人にその名を告げる時恥ずかしい様にするべく考案されたタイトルもさる事ながら、ハードゲーマーの中にもこの手のゲームに対して否定派が多く、あくまでもマイノリティーの好事家がこそっそりとプレイしている印象が拭えない感じでした。
しかし、ある日気が付くと、否定派だとばかり思っていたゲーマーが実は限定版を所有していたなんて事が明るみになり、バンドマンにゲーマーが少なくないとは言え、OP曲『もっと!モット!ときめき』が巷のライブでカバーされ、ゲームの話しを全くした事のない人の口から突然『虹弁』と云う単語が飛び出し、『桃鉄』『マリオカート』辺りでゲームのプレイを留めていた普通の人が『ときメモ』に手を出す様になり始めました。
この現象は、私を含めた好事家がプレイを楽しむ事と、明らかに意味が違います。
つまり、いつの間にか流行ってた訳ですね(笑)。
正直な所、好きなゲームが市民権を得て嬉しかった反面、流行る理由がよく解らずに戸惑いました。そして、それは現在でも同様です。
この『ときメモ』の爆発的なヒットにより、PSは当然の事、PCを含めたあらゆるプラットフォームで後に続くタイトルも玉石混淆で活性化し、その奔流が現在のギャルゲー圏拡大へと繋がりました。
そう言えば、『ときメモ』由来ではありませんが、萌えなんて言い方が流行りだしたのも確かこの頃だったと記憶しています。
或いは、ただそう云う時期だったと云うだけなのでしょうか。
勿論、他のエポックメイキング・タイトルにも言える事ですが、『ときメモ』が原野に忽然と顕れた城と云う訳ではなく、それまでにも『卒業』の様なタイトルも在りましたし、同時期の『同級生』等に代表されるゲルゲーも確かにその土壌として在りました。
言うなれば『ときメモ』は、その土壌の上に咲いた大輪の花であり、象徴だったのかも知れませんね。
余談ですが、『ときメモ2』はDisc1でお腹一杯になったのか、Disc2の頭で挫折しました(爆)。
年内のエントリーは、一応、今回で最後です。
拙文に最後までのお付き合い、ありがとうございました。
それでわ、良いお年をお迎え下さい。
来年・・・生き延びられたらここで、また(苦笑)。

ピンチなのは案外本当です。