既に報じられているように、PS3が互換性を捨てる方向に舵を取ったということで、私にとっては非常に残念なニュースです。この方針も恐らくは流動的で2 転3転するかもしれませんし今後どうなるかは判りません。PS2が販売終了する頃には、互換機能を持たせたうえでも製造コストはずっと下がっていると思いますから、なくもないでしょうけど『要望があれば復活する』とのコメントも、どうも信用してはいけないように思います。
私も今は60GB持ってますし、この先PS2ソフトを買うことは殆どないでしょう。すぐには影響ないのですけど、修理したり買い換える必要が出来たときや、PS4??といった将来(PS4では3までの互換性がないと言い出すんじゃ?)、を考えると看過出来ない発表です。
かつては互換性のないのが当たり前でしたし、PS2を捨てなきゃ(私は処分してしまいましたが)いい、と言われる方もいらっしゃるかもしれません。しかしそもそも、互換性って何の為にあるのかを考えると、そんなに簡単に切り捨てても良いもんじゃないと思います。
互換性のないモデルが、選択肢としては当然あって良いとは思います。PS2のソフトはもう遊ばないという人は多いでしょう。
ただ、互換性が何の為にあるのかを思い出して欲しいのです。メーカー側からの視点ではなく、ユーザー視点からだと
・PS2持っていない人(いますかね?)や、買い替えの時期に来た人が予算さえ許せば選択の余地なし。
・PS2を持っている人でも、それを処分してPS3に置き換えられる。(場所を二つとらなくてもOK)(私もPS2は従業員に譲りました)
・アプコンやセーブ関連など、快適な環境で遊べる。
・いちいちPS2を引っ張り出して接続しなくても良い。
等ですが、
もっともっと重要な点はメンタルな問題になります。
それは『いつでも遊べる、という安心感』。『ソフトは資産という意味づけ』。一時のものではなく過去から未来までを見据えた意味があるんです。
実際に遊ぶか遊ばないか、遊べるか遊べないかの問題じゃありません。
私もPS3でPS2のソフトを遊んでいるかと言えば今は全然遊んでいません。昨年までは(PS2で遊んでいないビッグタイトルが結構ありますので)PS2ソフトもバリバリ稼働してましたがそれはハードの黎明期、移行期間のことでして、今年は次々出るPS3ソフトで手一杯。これからはめったな事ではないでしょう。(ただ、なくはないんです。ひょんなことで好きだった昔のソフトを遊びたくなる事は、ごくごくまれに、確かにあります。)それでも、大好きなソフトがいつでも遊べるという安心感はPSハードを持つ満足感の中で大きなウェイトを占めています。
そしてゲームファンやマニアやコレクターってそういう気持ちを大事にしているものだと思うのです。(そういう人たちはハード自体をとっている方も多いでしょうけど・・・。でも死蔵されている方が殆どで、引っ張り出して接続する手間まで考えたらまずプレイする可能性がない(ソフトを持っておくことに意味がない、或いは持っておくだけで満足な人も多いのかもしれませんけど)と思います。それがハードに互換性があると、実際に遊ぶ可能性も意味合いも俄然出てきます)
私はハードは処分してしまう方で、サターンもDCもGCも、ソフトだけを残して本体は処分してしまっており、純粋なマニアとは言えないかも知れません。遊べないのにソフトを持っているのは、いつかエミュ(小声で)か互換機なんかで遊べるかもしれないから、という理由もありますが、何よりソフトにはそれぞれに思い出があります。ソフト一本一本に作者の方が精魂込めて作り上げた世界がそこにはあります。全部が全部素晴らしいわけではありませんし、中にはクソとしか言い表せないものもありますが、それも含めて良い思い出。言ってみればソフトのコレクションは私のアルバムのようなものです。そんな気持ちを汲んでくださってなのか、久多良木氏のとったPSの互換性の精神、私にとっては待ち望んでいたものでしたが・・・。
話は変わりますが、昨今ゲームソフトが売れないとはよく言われることです。少子化とファン年齢の高齢化、娯楽の分散傾向、ケータイの存在、購買力の低下、嗜好の細分化、ゲームの大作化複雑化等々。理由は様々ですが、私が感じるのは中古問題の根深さです。(ゲームだけでなく、本やマンガも同じだと思うのですが)
ネットでもリアルでもよく見聞きし、感じるのは、中古で買うのも当たり前、みたいな意識。遊んだ後は売る。という人が物凄く増えているように思います。もちろんその売却したお金を新作の購入代金に充てているケースも多いでしょうから、簡単には言えませんが、レンタルビデオ感覚でのように、ゲームを消耗品として捉えている人がふえているのではないでしょうか。
(いつか書こうと思っていたオンラインゲームにも関係しますけど、その、執着しない・モノに縛られない生き方は人間として正しいと思います。しかし・・・・・・。)
そして売る人がいるからこそ中古で買う人が出てくる。中古で買う人は新品であろうと中古であろうとお構いナシでしょうし、そういった人は当然遊んだ後は中古で売ることでしょう。
この悪循環で、ますますソフトが売れない・新品で買うものではない、という意識も広がるのだと思います。もっと言えば、ゲームを別世界の別の人生の素晴らしい体験ではなく刹那の快楽装置、消耗品に貶めているとさえいえると思います。(言いすぎでしょうか?)
今回のソニーさんの互換性切捨ての判断は、そうした傾向、スタイルにメーカー自身がお墨付きを与えているようで到底認められません。
今持っているソフト、これから出るソフトも、次に出るハードでは遊べないと知っていたら、若干であれ、買おうという気もそがれると思うのですがいかがでしょう。いつでも遊べるからこそ手元に置いておこうと思うのではないでしょうか?
ソニーさんの方針は経営判断的には正しいのかもしれませんが、到底許せるものではありません。
もしも、PS2が販売終了してもPS3から互換が戻らなかったり、PS4でPS3までの互換が切り捨てられていたら、その時はソニー信者をやめ、アンチソニーになる事をここに宣言します!
皆さんは、遊び終わったソフトはどうしていますか?